全日本学生選手権個人ロードレース 

観戦レポート

今年も長野県木祖村まで、個人戦を観戦に行ってきました。
今年のツールド北海道の出場権を獲得する上で、重要なレース。今季初の『本番』なレースでした。



地図を広げ、伊那から木祖までトンネルがつながっていることに気づき、高速道路を中津川でなく、伊那まで乗り木祖村にたどり着いた。このトンネルの上には中央アルプスが横たわっており、中でも伊那から木祖までの国道361号線は権兵衛峠と呼ばれる素晴らしい峠道が存在する。
まだ自分が選手だった頃、このあたりでよく強化合宿を行っていたことを思い出し、中でも権兵衛峠での苦しみは、今も私の大切な思い出のひとつだった。下から20km以上登りっぱなしのコースで、遥か頭上に見上げるガードレールに何度も心を打ち砕かれそうになりながら、標高2000m以上の頂上にたどり着き、下りでは下界では味わえない厳しい冷気にさらされ凍えながらハンドルを握りしめて下った。
そんな古き良き思い出を味わいたいがために、伊那経由で走ったのだが、新しくなった道路にかつての思い出とシンクロする場面は無く、少しさみしい気持で宿に辿り着いた。

レース当日は予報通りの雨。
ウチからは5名のエントリー。5人全員が走れているメンバーだが、他校が大勢で準備している様子を見ていると、不安な気持ちにさせられた。レースがスタートした頃には、足元はずぶ濡れで、この先の5時間を思うと、気分は優れなかった。1周目集団が帰って来ると、集団はすでに25名程に減っており、湊以外の4名が入っており、一気に興奮状態に入った。しかし、今季不調の湊が遅れているのを見て、やはりこの春からの練習が合わなかったことに大きな責任も感じていた。

レースは坦々と進み、鹿屋の吉田選手や法政大の選手たちがレースをリードしていたとき、先頭で頑張っていた丹後がトラブルに巻き込まれ、集団から1分遅れて通過していった。まだレースが始まって1時間の序盤に、一人を失うことはとても大きな損失で、また気分が落ち込んだ。しかし丹後はレースを放棄することなく前を追い続け、丸々2周回かけて、数名とともに先頭集団に返り咲いた。これには大きく勇気づけられ、今日の我がチームはいけることを確信することができた。

先頭集団が15名に減ったころ、まだ京都産業大学は4名(中村・木守・丹後・廣浦)を残していた。しかし、残り7周のペースアップに丹後・廣浦が対応できず遅れ、集団は11名に減少した。
その後、消耗の激しい廣浦は、集中力を無くし、ほどなくリタイアした。一方、丹後は遅れたものの、自分のリズムを掴み、集団と同じペースで独走を続けた。残り1時間になると怖いものはハンガーノックによる脱落で、選手たちにはカロリーの摂取ををくどいくらいに指示した。
北海道の出場権のためには、上位3名の記録が重要で、法政大や日大・鹿屋大の順位を観察していた。
法政大の選手は先頭集団に多く残り、レース慣れした感じで、彼らの上を行くのは難しいと感じた。
逆に日大は3人目の選手が大きく遅れていたため、日大の上に行くことができる気がしていた。
鹿屋大は、UCIレースであるツールド熊野に有力選手の多くが参加しているため、今回は是が非でも勝ちたいところ。だが、多くの優秀な選手達の影に隠れ、普段目立つことの無かった選手達が層の厚さをアピールするタフな走りを展開し、まったく楽観視できない状況だった。
そのため、独走を続ける丹後と後続集団で粘る湊には、今取ることのできる最高の順位を取るようプレッシャーをかけ続けた。そして彼らはそれに見事応えてくれた。

7名で最終周回の上りを通過していくのを確認後、最後の上りに向かった。上りの中腹で先頭の審判車に追いつかれてしまい、頂上で選手の到着を待つことはできなかったが、代わりに審判車が『監督〜!!京産大がトップで来ているよ〜!』とこれ以上ないほど、興奮する言葉を残し走り去って行った。そして、中村が先頭で上ってき、次に木守が続き、後続がバラバラの状態で上がってきた。力の限り彼らを激励し、消耗している他校の選手をみて、優勝を確信した。
チームの選手同士が優勝争いをしている姿こそ、私の理想とする状況で、興奮は最高潮に達した。
結果、2番手で登っていた木守が優勝し、先行していた中村は早川選手@法政大に最後かわされ3位。実に6周半もの独走を続けた丹後が11位。後続集団のスプリントに参加した湊が18位に入った。


この結果、チーム総合1位を獲得し北海道へ一歩大きく前進した。手元の計算では、日大・鹿屋大・法政大・京産大の4校が同点で、続く順天大とは少し差があると思われる。3週間後に控えたチームロードレースで最終決定が下されるので、この勢いのまま当日を迎えたい。

雨は実力差を埋めてくれる要因の一つになる。なので雨に負けない集中力を身につければ、何かが起こるかも知れないと、選手には指導してきた。
この冬から選手たちは私の言う練習量をこなしてきてくれた。その結果、チーム内には湊に代表される様に、調子を落としてしまう者もいた。本来トレーニングというものは各自の体調等によって個別に内容が変化するものであり、何割かの選手が強くなるとしたならば、何割かの合わない選手には効果が見られないということは、始める前からわかっていたことである。今シーズン今一つ調子の上がらないチームをみていて、そのことに多くの責任を感じていたが、今日の5名の走りは、私の思いを払拭してくれるに充分なものだった。
視界不良やトラブル、寒さなど、多くの要因が有力選手達をリタイアに追いこんだが、それらに負けなかった彼らの実力は高く評価されるべきだと思う。青天の元レースを行っていれば全く違う結果もあり得るだろう。
しかし、今日のレースで一番強かったのは間違いなく京都産業大学であり、それは誰にも揶揄されるものでないと考える。
彼らのOBであることが誇りに思える良い走りだった。


今大会はパンクが多く、優勝候補NO1の吉田選手@鹿屋大にいたっては6回のパンクに見舞われた。
パンクの際彼は審判車につかまり、またはバイク審判に押してもらい集団に復帰していたので、脚の消耗は大したことはないと思うが、レースに大事な集中力を削がれていったことは確かで、彼が最後の勝負に絡めなかったのはパンク以外のそういう部分だったのではないかと感じた。

監督 秋田 謙